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大浦事件

大浦事件(おおうらじけん)は、第一次世界大戦勃発を機に大日本帝国陸軍の師団増設案成立に関して、衆議院議員に贈収賄した大正時代の疑獄事件。高松事件ともいう。

1914年(大正3年)4月17日に、シーメンス事件が原因で総辞職した第1次山本内閣に代わり、元老井上馨の奏上により大隈重信に組閣を命じられ第2次大隈内閣が誕生した。 大隈は立憲同志会総理加藤高明の協力の下に組閣を進めた。当初の計画では内務大臣のポストに大浦兼武を予定したが、中正会所属尾崎行雄や立憲同志会所属大石正巳も内相を希望し、混乱を嫌い一刻も組閣を急いだ大隈は総理が内相兼務とし、尾崎に司法大臣、大浦に農商務大臣のポストを与える事で決着をみた。しかし、大浦は前警視総監で薩摩閥出身という経歴を臆面も無く前面に出し、大浦に反対する議員を脅すという自信過剰な性格が疑獄事件の伏線となった。

折から、ヨーロッパでは第1次世界大戦が勃発し日本は日英同盟の誼でドイツ帝国に対し開戦したが、陸軍は作戦上師団を増やす必要が有るとして、国会に2個師団増設案を提出したが、政府与党の国会議員で立憲同志会90名弱、中正会33名に対し、野党第一党の政友会は200名弱も議席を有し、国民党代表犬養毅と共に増設案に反対の立場を執った。結局、政友会と国民党の絶対多数で増設案は否決され議会は解散するに至った。

大石正巳は議会の解散と共に政界を引退したために、大隈は、大浦を内相、河野広中を農商務相、安達謙蔵を参謀長格に据え選挙戦に挑み、その結果、政友会は大敗して議席は半減して第二党に転落し、与党の絶対多数をもって増師案は可決通過した。

選挙後、大浦は政友会を懐柔し切崩すために複数の政友会所属議員に対し買収工作を行う。

事件の発覚 [編集]
政友会総務村野常右衛門は、大浦が香川県丸亀市から立候補した白川友一を当選させるために画策して、対立候補の加治寿衛吉に圧力を加え立候補を断念させる代わりに、見返りに白川から衆議院書記官長林田亀太郎を仲介して金一万円を出させたとする内容の告発状を検察当局に提出した事から事件が明るみに出た。

裁判と判決 [編集]
本事件で逮捕拘束された者は以下の者である。

大浦兼武、林田亀太郎、白川友一、増田穣三、森川源吾、吉田虎之助、水間此農夫、浜田政壮、村井善四郎、長谷川敬一郎、武市庫太、高鍋篤郎、板倉中、日向輝武、根岸君太郎、高津直次郎、関信之介、太田直次
被告は収賄罪で起訴され、高松地方裁判所で審理された。

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2009年04月10日 08:36に投稿されたエントリーのページです。

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